劇団綺畸稽古場ブログ

劇団綺畸は、東京大学と東京女子大学のインカレ演劇サークルです。名前の由来は「綺麗な畸形」。

無記のプンプン

 浅野いにおの「おやすみプンプン」という漫画がある。浅野いにおからしてそうなのだが、なかなか下北沢的サブカルチャーのにおいを強く感じさせる作品で、随所に実験的、シュールレアリスティックな描写が現れる。しかし一方で、この漫画には主人公プンプンの思春期、青年期の苦悩がストレートに描かれており、多くの人の胸を打つ。他の漫画と一線を画す表現技法を多用するこの漫画の中で特に大きな(またそれゆえに読者の中では小さくなってゆくとも言える)特徴の一つとして主人公とその家族の、キャラクターデザインのレベルでの描き方がある。主人公のプンプンは物語を通して小学生から二十代半ばまで成長してゆくが、彼とその家族はそのほとんどのシーンで身長80~140センチほどの小鳥のようなキャラクターとして描かれる。画像検索してもらったら早い。このプンプンの外見は、彼の内面(と作者が意図する表現)に呼応して変化する。この表現はこの物語を語るうえで非常に大きな演出効果を持っている。

 この表現の特徴は「リアリズムの無記」にあるといえるだろう。物語の最後で、プンプンの漫画家の友人(彼女を友人とするかは微妙だが)の南条幸が、プンプンにある落書きを見せるのだが、その落書きこそが物語の初めから「プンプン」という一人の少年あるいは青年を指し示してきたあの小鳥のようなキャラクターなのである。また、物語の中で、プンプンのセリフは決して吹き出しの中に、すなわちそこ(会話の現場)に存在する人物が発した言葉として直接に表現されることはない。プンプンのセリフや内心はすべて、語り手の言葉によって黒い背景のコマに白い文字で、「プンプン」という三人称を主語として、あるいはかぎかっこの中の言葉として書かれる。つまり、プンプンは確かにそこに存在しているのだが、語り手の言葉なしには言葉でもって物語の内部の人々と関わることができない、被造物としての性格を強く持った存在である。そもそも、この「プンプン」というふざけた名前も、デフォルメされた自己表現の仕方も、こういったビルドゥングスロマンに求められるリアリズムの要求をはねつけるものである。人間らしい容姿も、言葉も、名前も、表現も持たない、徹底的に作為に基づいて作られた存在であるプンプンを主人公として語られるこの物語が読者の心を掴むのは一体なぜなのだろうか。それはまさにそれらを持たないが故なのである。プンプンというキャラクターはその情動以外においては何らリアリズムを記されていない存在だ。しかし、これは「読者がその余白に自らを投影する」という安易な自己同一化を促すものではない。プンプンが物語内部の人物からは「イケメン」と評される容姿を持つという読者には絵として提示されないながら情報として与えられる要素や、何よりその過剰性を伴う情動・行動は、読者のキャラクターへの自己同一化から生まれる共感を阻むものだろう。プンプンが特殊な個であることは間違いない。すなわち、プンプンが持つ「無記」は人物の普遍化を促すものでは決してない。

 それではプンプンの「無記」が「おやすみプンプン」という作品に為している貢献とは何なのだろうか。それは「引き算」であり、プンプンの情動に輪郭を与えることである。この作品の背景部分の描写は徹底してリアリズムに基づいており、写真のコラージュまで用いている。この部分のリアリズムはこの作品の土俵は読者がいる現実と同じものであることを担保している。一方で、その舞台に上がるプンプンという中心的人間=行動の主体には常に空虚な嘘が付きまとっている。上にあげたような事柄は読者の現実には存在しない。プンプンという人間の真実性はただ一つ、彼の情動にのみ、圧倒的な質量を伴って存在している。捨象され、戯画化された彼の要素は、それ自体がリアリズムの一構成要素となることによってではなく、黒塗りされることによって、中心にある彼の情動のリアリズムを浮かび上がらせることに成功している。彼のその情動、言葉にならない葛藤は明瞭な輪郭をもって読者にぶつけられる。(※これまで主語をプンプンに限定してきたが、同じように表象される彼の家族についても同じことが言える。)

 本来登場人物の情動というものは、人物の肉体に媒介されて表象されるものであるが、肉体を捨てたプンプンはそのような媒質を必要としない。それゆえ、彼の情動はそのまま彼の姿として表象され、物語を通じて変化してゆく。

 このような表現手法は「おやすみプンプン」に固有のものかはわからない。しかし、少なくとも多くの人にとって、そのオリジナリティは容易に理解できるものである。主人公の肉体すらも捨象し、リアリズムの転覆という野心的試みをこのレベルで成功させている作品を、僕は知らない。「おやすみプンプン」は、従来の漫画表現(ジャンルはもう少し広げられるかもしれない)へ挑戦するアヴァンギャルド(前衛)の性格を有した作品であるといえるだろう。

 

中村

 

 

 

 

 

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劇団綺畸2017年度冬公演

『ダイアローグは眠れない』

作・演出 中石海

12/15(金) 19:00
16(土) 14:00/19:00
17(日) 13:00/18:00

駒場小空間

全席自由席

入場無料・カンパ制

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