劇団綺畸稽古場ブログ

劇団綺畸は、東京大学と東京女子大学のインカレ演劇サークルです。名前の由来は「綺麗な畸形」。

薬指

「私には薬指がある。」

それが私の忘れられない思い出だ。

知らなかったというわけではなく、気づいていなかったというわけでもない。

ただ、小学校の4年生の時に「私には薬指がある。」と思ったという記憶が残っている。

 

僕には指遊びをする癖があった。

指を曲げてみたり、指同士を交差させたりした。パンダだ。カエルだ。なんだ。似せたり似せなかったり。ずっと続けていた。続けるというのは違うか。やめれなかったんだと思う。

そうした惰性は、指遊びを僕の中に招き入れた。何をしている時も小指を薬指と交差させていた。気がつくと薬指は親指と人差し指に挟まれていた。

指遊びは僕の一部になっていた。

指遊びが僕に入ってくる一方で、指遊びに対する声が僕の中で生まれた。 「なんでそんなことしてるの?」「他の子はそんなことしてないよ?」「でも、やめられないから。」

言葉が入り混じる。

 

一年ほど経つと、もう指遊びはしなくなっていた。

成長というやつかもしれない。いや、ただ飽きただけのような気がする。けれど指遊びの「あと」は僕の中に留まった。薬指が曲がっていたのだ。

 

薬指が曲がっていることには普通に気づいていた。最初に気がついたのは指遊びをやめた少し後だったと思う。薬指の第1関節は中指の方に少し曲がっていた。右のほうが強く曲がっていた。利き手だからだろうか。子供の骨は柔らかいようだ。

 

小学校4年生の時、ふと曲がった薬指を見た。「薬指が曲がっている」と思った。中指を見た。「中指は曲がっていない」と思った。当たり前のことだ。中指を曲げるようなことはしていない。この指になって2、3年になろうとしていて、最早いつもの見慣れた指になっていた。けれど、この時はなぜか薬指に目が吸い寄せられた。なぜだか薬指を真っ直ぐに戻したいと思った。

暇な時には薬指をつまんで力を入れた。当然だが全然戻らなかった。何度もやったが戻らなかった。後悔した。死ぬほど後悔した。「もう指は真っ直ぐには戻らない」「いや、矯正器具をはめれば戻るかもしれない。」「矯正できるか?手術かもしれない。」言葉が入り混じる。

 

数日が過ぎた。

どうしようもできなかった。

どうしようともしなかった。

正直、もういいと思った。

悲しかった。

すると声が聞こえた。

あのお婆さんを見ろ、腰が曲がってる。

あのおじさんを見ろ、指の関節が変に太い。

あのお兄さんを見ろ、耳が餃子みたいだ。

そう思うことにした。

そう思うようにした。

 

声は明瞭に聞こえた。

私の薬指を見ろ、少し曲がっている。

別にいいんじゃないかと思った。

別にいいんじゃないかと思うようにした。

諦めだろうか。

諦めなんだろうなと思った。

でも、「私には薬指がある。」と思った。

「この薬指は私なんだ。」と思った。

 

舞台 西村

 

 

 

  

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劇団綺畸2018年度冬公演

 『ふれろ』

作・演出 中村光

 

12/20(木) 19:00

21(金) 19:00

22(土) 14:00/19:00

23(日) 14:00/19:00

 

駒場小空間 

予約制・無料(カンパ制)

全席自由席

 

予約フォーム(西村扱い)↓

https://www.quartet-online.net/ticket/kiki18fuyu?m=0kdidgc

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