ここ最近は「たからもの」のことなんて考える暇も心の余裕も無かった気がする。
そもそも捨てたくないものは沢山あっても、本当の「たからもの」なんて私は持っていないような気もした。
経験は宝なりという言葉があるが、何を経験させてもらっても、どこに連れて行ってもらっても、強く印象に残っているものはほとんど無い。多分興味も意欲も何もなかったのだと思う。
そんな私も一つだけ何年も執着していたものがあった。ここまで勉強するのが楽しいとは思わなかったし、色々な人がレールを敷いてくれていたおかげで自分がそれを成し遂げると思って疑わなかった。一生の夢だと思った。
それでもやっぱり肝心な所で努力することが出来なかった。いくらでも続けられる選択肢はあったのに、それ以上に恐怖心があった。頑張って失敗するのはとても恥ずかしいことだと思った。
こうしてただ1つ自分の中心にあったものを捨ててしまってからは、大切だったその記憶や得たものさえ憎らしくなってしまった。二度と向き合いたくないと逃げてしまった。夢を見たせいで無駄な時間を過ごしてしまったのだと思い込んだ。
それでも、いくら考えてみても私にはそれしか無かったと思う。今はまだ「たからもの」と言える記憶ではないし、言うべきでもない。ただ、諦めて絶望するのには若い、そこまで思い詰める権利があるほどの労力を費やしていないということを忘れずに、同じ夢を追いかけるにしても、違うものを見つけるにしても、恥を捨てるほどの努力をしたい。
そうすればその経験は確実に「たからもの」と呼んでいいものになると信じている。
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劇団綺畸2021年度夏公演
『勿忘草』
作・演出 西山珠生
7月上旬配信予定
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