蛾の死骸。大切にしていたものというか、大切に見ていたものなんですけど。
小学生の頃、塾の女子トイレの窓枠に挟まっていた1匹の蛾。初めに見たのは春で、羽の模様まで鮮明でした。私は小さな彼を好きになりました。
次に見たときは頭が取れていて、その次には羽が欠けていて。バラバラになって埃と混じっても、毎週見ているせいでどのカケラが蛾の体なのか何となく分かります。
初夏になって、ある日蛾の痕跡が見当たらないことに気づきました。温かく懐かしい思いが溢れました。
塾では毎回テストがあって、不合格点を取ると居残りでした。今となっては取るに足らないことですが、小さな私にとって塾は永遠に繰り返される試練の場だったのです。
その中で、あの1匹の動かない蛾は静かで確かな安心を与えてくれました。心の、安住の地でした。
懐かしい。初夏の風になった彼は、今どこを漂っているのでしょうか。