演劇をするってどういうことなんだろうか。
そんなことを考え始めたのは、つい最近のことである。
大学に入ってから、コロナ禍の影響で最もやりたかった演劇ができなくなって、一年生の前半はなんとも言えない気持ちで過ごしていた。
そのような中で考えたことが、演劇をするってどういうことなんだろうか、という問いである。
演劇をする、それは普通に考えたら、舞台の上で芝居をすること、もしくは脚本を書くこと、もしくは裏方として制作に関わること。
でも、本当にそれだけだろうか。
舞台という場所に直接関わることだけが演劇をするということなのだろうか。
この問いにとある答えを提示してくれたのが、芥正彦氏の講義である。
芥氏は東大全共闘の中心的な活動家として名を馳せた人物だが、同時に演劇人である。
彼は、演劇とは何であるかという問いにこう答えた。
「演劇とは生きることであり、生きることは演劇である。全ては演劇だ。」
これを聞くと何をいっているのだろうと思う人もいるかもしれないが、私には、この言葉のおかげで少し世界が面白く感じられるような気がした。
このコロナも、成人式が潰れたのも、入学式が無くなったのも、全て演出だとしたら…。
実はこの短調な生活も、長い目で見たら面白いのかもしれない。
芥正彦氏は、さらにこう続けた。
「別に観客なんていなくてもいい、ひたすら草木に向かって何かを表現すればいいではないか、それはすでに演劇なのだから。」
私はこの言葉に救われた。
もちろんお客様にみてもらいたいと言う気持ちは変わらない。
しかし、同時に全く観客に見てもらわない表現だって、それは一つの演劇なのである。
なーんだ、たしかにな。
演劇はそこにあるだけで演劇なのだ。
誰かに定義されるようなものじゃない。
そこから少し楽になった。
私は、みんなと一緒に自分たちが素晴らしいと思う作品を作り上げれば良いだけなのだ。
そこに集中しよう。
そのために、いろんなことを吸収して、学んでいこう。
そう思ったら、なんだか前よりももっと伸び伸びできている気がする。
もちろん、それを許してくれる環境が劇団綺畸にあると言うことが一番大きいんだけどね。
ほんとにここにきてよかったなあと思う、そんな日々です。
舞台 加藤